東野圭吾「人魚の眠る家」

読書感想

人魚の眠る家
東野 圭吾
幻冬舎
2015-11-18



”プールで事故にあった播磨瑞穂は所謂植物人間の状態になってしまう。脳死判定を受ければ「死亡」が確認されるが母薫子はどうしてもそれを受け入れられずにいた。この先目覚めないと医師から判断されても一縷の望みにすがるためにあらゆる方法で瑞穂を延命する。
果たして人間の死とはどのような状態のことをいうのだろうか?”

殺人が起こるミステリーでもなく、さりとて医療サスペンスでもない内容でした。

「人間の死とはどういうことなのだろうか?」そんな命題を突き付けられた気がします。また「脳死」という言葉がでてきますがこのあ意味合いも私が認識していたものとは違っていました。私は「死」を確定させるために脳死判定という検査をするものとばかり思っていました。もちろん法的解釈はその通りなのですが、脳死判定とは臓器提供できる状態かどうかを判断するものだったのです。

つまり脳死と判定されればそれは法律的には「死亡」となるわけです。しかしその状態ではまだ「心臓」は動いているんですよね。ちょっとネタばらしになりますがここで心臓をナイフで貫いた場合は殺人罪が適用されるのでしょうか? 小説では未遂に終わりますが実際に起きたら判断が難しいと思います。

たぶん法律的には脳死判定が出ていれば死体となるので罪には問われない、脳死判定が出ていなければ殺人罪となると考えられます。しかし心情的にはどうなんでしょうね。

人の死と向き合うのは生きている人間の逃れられない宿命なんだろうな。

 

関連コンテンツ