価値観の移り変わり 2

人生・生き方

katikan

 

 

 

 

 

FXで大半のお金を失った私はある意味当然かもしれませんが茫然自失になりました。その運命の日から数日間は何も食べなかったんじゃないでしょうか? 記憶があいまいなのでよく覚えていません。

また自暴自棄にもなりかけ何もかもが嫌になりました。 自分の行いでこうなったのだからどうしようもありません。誰の責任でもありません。まさに投資は自己責任でというやつですよね。
他の人はどうかわかりませんが私の場合はそのことを誰かに聞いて欲しくてたまりませんでした。聞いてもらってどうなることでもないのですが自分の行いの過ちから、苦しさから逃げ出したかったのかもしれません。

いえ、逃げ出すことなんてできないですよね。それでも誰かに聞いてもらってちょっとは楽になれると感じていたんでしょうか?もう、それすらもはっきりと覚えていませんがそのことを1週間ぐらい経ったころでしょうか、母に話しました。
もちろん私は母から叱責の言葉を受けると思っていました。「あんたアホやなあ」「これから、どうすんねん」「そんなん、自分が悪いからしゃーないやん」などなど。
しかし母の口から出た言葉はまったく違うものでした。
「ふ~ん、そうなんや。借金があるわけじゃないし、ええんちゃう」でした。うちの母はいつも楽天家で能天気なのですが何故かこの時は心強く感じました。
そしてそこから私の心をさらに癒してくれたのは妹達や姪や甥でした。お金がない自分にもいつもと変わらず暖かく接してくれる。当たり前のことなんですが心に染み入りました。そしてしばらく時が経つと人間の記憶って薄くなるというかやわらぐものなんですね。
この時の経験から私の価値観は大きく転換したのです。

 

お金は大切だけどお金があっても何でもできるわけではないなと。この当たり前のことが本当に自分で認識できるまでにかなり回り道をしました。お金の呪縛から解き放たれるきっかけになったと思います。

お金の呪縛とは案外強固なものでその後もしばらくは「失ったお金があったら」と何度も思い返すことがありました。そしてその約5年後に結婚したわけなのですがここで自分の中では完全にお金の呪縛から解き放たれたと感じました。

それは妻はお金に対する執着というものが全くないのです。これは節約をしない、ずぼらにお金を浪費するといったことではなく「お金は物」でしかないという認識といえばいいでしょうか。とにかく私とは価値観がそういう意味では正反対でした。
私が現在、資産運用をしているのもお金に執着しているわけではなくその先にある目標に向かってしているのであって、お金を増やすぞ!と意気込んでやっているわけではありません。もちろん、どうやったら増えるかな?とは考えますがその根底にあるものが変わったということです。
さて今の私の価値観はというと、特にありません。そう特に価値観はこれです!というのがなくなってしまったのです。強いて言えば私の座右の銘である「足るを知り利他の心を忘れない」ということになります。
今後も多様な価値観に柔軟に対応していきたいと思います。

 

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