自分の身に降りかかった不幸だけを感じればいい

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世の中には不幸と呼べるものはいっぱいあります

世の中には自然の不幸(地震・津波・水害・竜巻など)と人為的な不幸(戦争・事故など)があります。もっと些細なものを入れれば不幸と呼ばれる事柄はいくらでもでてくるでしょう。そんな無数にある不幸を常に感じていれば精神が崩壊してしまうと感じます。

どこまでの不幸を感じるべきか?

「感じるべきか?」というのはちょっとおかしな問いかけになってしまいましたがニュースをみて「大変そうだな」「かわいそうだな」と毎日感じていては疲れてしまうだけだと思います。あとたいしてつながりがない人(ほんの数年一緒に仕事をしたなど)のことを気にしすぎる人も精神が疲弊するんじゃないかといつも考えしまいます。

自分の身に降りかかった不幸だけを感じればいい

私は「自分の身に降りかかった不幸だけを感じればいい」と考えています。たしかに自然災害や人為的な不幸に見舞われた人は大変そう、かわいそうだなと思うのですがそれらをいくらそう思ってもどうにもならんと思うのです。

もちろん私もそういう感情がないわけではないですが、だからどう何?という理性の方が強いんですよね。ちょっとした知り合いが何かしらの不幸に見舞われたとしてそれを少しでも緩和してあげたいという気持ちは自然なものだと思います。

しかし全く見ず知らずの人や遠い地域のことで起こったことは知っていても何も感じないでしょう。

若い時はそういうことに感化されたこともあったのですが今ではほとんどそういう感情はなくなってしまいました。

身の回りだけでいい

他の人の境遇に感化されて感傷的な気持ちになるのは人間の心理として当たり前なのかもしれません。それでもそれが膨大な数になると自分の精神が大変なことになるのでそういうのは自分に降りかかったときか身の回りだけでいいと考えます。

コメント

  1. あけび より:

    不幸な出来事や人の心配をしていてもキリがないですね。
    何か自分にできることをすると言っても限界がありますし。

    自分を大切にすることを第一に考えた方がいいですよね。

    私は経済ニュース以外の一般的なニュース番組はなるべく観ないようにしています。

    • あけびさん
      何かをするっていってもたいして何もできないことが多いし中途半端になっちゃうので、それだったら潔く自分に関係することだけでいいと思っています。

  2. ここ数年はテレビでニュースは見ません(他の番組も見ないけど)
    視聴者の意向は完全無視で、あちらの都合で垂れ流すのがテレビ方式ですから。
    ニュースはすべてネットです。
    自分で取捨選択できるのが素晴らしい。

    • いろセカさん
      それも一理あるけど、情報が偏っちゃう(自分の好みだけ)気がするのでなんとなくではあるけどテレビのニュースも見てます。
      ツッコミどころ満載なのも多いけどね。

  3. 砂希 より:

    身の回りの事だけでも大変ですからね。
    それ以上考えるとオーバーフローします。

  4. プライア より:

    同意見だなあ、あんまり詳細を知ると心が痛くなるから、あえて概要だけ知るにとどめたりするよね。

    有名人の死なんかもそうで、最初はそういう人もいたなあ程度なのに、色々見聞きするうちにやたらと懐かしくなって悲しくなる。ましてやその友人や遺族なんか出て来た日にゃあ・・・w

    助けられないものはあえて無視、寄付など少しでも助けられるものは細々と、みたいな感じで、自分が気が済めばそれでいいよね。

    • プライアさん
      何でもかんでもできないので、やっぱりこういうことでも取捨選択は必要だろうと考えています。
      ただ、かわいそう、何とかしてあげたいという気持ちがないわけではないので自分の気持ちの折り合いも必要だよね。