「唯物論」と「観念論」

yuibuturon

「唯物論」聞いたことがあるでしょうか?

ゆいぶつろん【唯物論】
〘哲〙 物質を根本的実在とし,精神や意識をも物質に還元してとらえる考え。唯物論的思想は古代ギリシャ初期,中国・インドなどにも現れているが,近代以後では一八世紀フランスの機械的唯物論,一九世紀のマルクスの弁証法的唯物論などが代表的。マテリアリズム。

これともう一つ「観念論」というものがあります。

かんねんろん【観念論】
物質ではなく観念的なもの(イデア・理念・意識など)が根本的本質だとする考え方。生滅変転の現象界に対し永劫不変のイデア界の優位を主張するプラトンの客観的観念論,近代では物の存在を知覚に解消しようとするバークリーの主観的観念論,経験的世界は超個人的な超越論的主観により構成されるとするカントの超越論的観念論など多様に存在する。「観念論」は主として認識論上の語で,倫理的な局面では「理想主義」と称する。また,存在論・世界観上は別に「唯心論」の語を与えることもある。

全ての人間はこのどちらかの考え方に属していることになります。「唯物論」or「観念論」100%の人間もいるでしょう。しかし多くの人間はどちらかに100%ということはなく混ざり合ってはいるがどちらの割合が多いのか?によって考え方が変わってくると思います。
「物質」を優先して考える「唯物論」と「観念=意識」を優先して考える「観念論」ではどちらが正しいのでしょうか?私たちが生きている世界では正しいと決めるのであれば「唯物論」がそれにあたることになります。

次の有名な言葉がありますがご存知でしょうか?

「我在り故に我思う」→「唯物論」

「我思う故に我在り」→「観念論」

「在る」こと「存在」することが先なのか?、「思う」こと「意識」があるのが先なのか?ということですが「思う」ことが先にあるのが正しいのであれば思えば何でもできてしまうことになります。所謂、精神世界ということですね。

しかしこの世界では「思う」ことはたくさんあり、たくさんできますがそれで現実に反映されるわけではありません。結果今の世界、つまり物質優先世界では「在る」ことが優先されなければ辻褄が合わなくなってしまいます。
自己啓発本等には「願いは叶う」「強く信じることが大事」等といった表現がでてきますが100%間違いではないでしょうが考え方的にいえば間違いということになります。
みなさんはこの「唯物論」と「観念論」の割合がどれぐらいでしょうか?私の場合ですと唯物論:観念論=99:1の割合ぐらいです。

圧倒的に「唯物論」を支持しています。「観念論」の割合を1としているのは人間としての弱さがあるからなのかもしれません。
私はこれからも「唯物論者」であり続けたいと思います。

コメント

  1. prire より:

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    また難しい話を持って来ましたね。
    モノにはあまり興味が無く精神の充実を旨としてるから、
    よくわからないけど3:7くらいかな。

  2. クロスパール より:

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    prireさん、こんにちは。
    あまりこういうことは考えないと思うので今まで自分が考えていたことをブログの場で表現してみたいと思い書いてみました。私も精神の充実を優先しているのですが考え方としてはブログに書いた通りってことになりますかね。なかなかこうだ!と割り切れないのが人間だと思います。

  3. 塩蔵 より:

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    私の場合、物にはあまりこだわりませんが、
    事には結構こだわります。
    出来事とか事実とか。
    真実と事実では人の思いが入らない分、事実を優先するかな。
    その意味では私も唯物論支持かもしれませんね。

  4. yamyas より:

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    青木雄二氏が唯物論の事を言っていましたがちょっととっつきにくくてよくわかってないです。
    物事を正確に理解したいか自分の都合の良いように解釈したいかという意味なら自分は9:1かな。
    あくまで願望でそれが出来てるってわけじゃないですけど、やっぱり本当の事を知ってそれを受け入れて生きていける人間でありたいです。

  5. クロスパール より:

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    塩蔵さん、こんにちは。
    私も塩蔵さんと同じような考えです。個々の主観が入るともう何が正しいことなのかわからなくなってしまいます。

  6. クロスパール より:

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    yamyasさん、こんにちは。
    正確に理解したい、真実を知りたいというのは誰にでもある欲求だと思いますがそれらを無意識的にぼかしているというのが観念論者に近いのかなあと思います。もしくはわかっていてもしょうがない、仕方ないとあきらめの気持ちもあるかもしれません。