堀江貴文「ゼロ」3




世間の常識であっても、おかしいと思ったらおかしいと主張する。納得できないことには、何があっても従わない。
堀江さんらしいスタイルですね。私もここまで強固な意志があるわけではないのですが同調できます。
堀江さんがネクタイをしなかった理由を以下のように書いています。

”「仕事ではスーツを着ること」や「偉い人と会う時にはネクタイを締めること」といった話は、どこにも明文化されたものではない。ただの慣習であり、空気であり、いい加減な常識だ。スーツやネクタイが好きなら別だが、嫌いだったら従う合理的な理由はない。”

 その通りだと思いました。特に「合理的な」という部分は私も常々意識しています。「容疑者Xの献身」東野圭吾著で「合理的なことならばどんなことでもできる男だ」という文章がありますがこれを読んだ時にも自分に近いものがあるなと感じました。
そしてこの項の最後にこう締めくくっています。

 ”これまで僕は、自分ひとりで突っ張ってきた。裸の王様を指さして、世の中の不合理を指さして、ひとり「なんでみんなネクタイなんかしてるの!?」と大声で笑ってきた。それでみんな気づいてくれると思っていた。でも、そんな態度じゃダメなのだ。世の中の空気を変えていくには、より多くの人たちに呼びかけ、理解を求めていく必要がある。”

 このあたりの流れも大なり小なりありますが私とまったく同じ流れでした。会社内の不合理をいくら一人で叫んだところでまったく変わりません。多くの人の意思・力が集結してこそ変わっていくのでしょう。その為にはまず「空気」を変えていく。目に見えないものですがなんとなくそう感じてもらうということが大事なんだと最近はよく思います。









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コメント

  1. 塩蔵 より:

    先のコミュニケーションに関することと
    この世間の常識を変えるためにはの部分は、
    私自身まったくその通りだと思うのですが、
    一方でホリエモンのツイッターを時々見ると
    全然真逆の主張や反応なんですよね。
    有名人にありがちなことかもしれませんが、
    本で主張してる内容と実際の行動がこれほど違うと
    やっぱり自分はホリエモンを好きになれないと感じてしまいます。

  2. クロスパール より:

    塩蔵さん
    ホリエモンのツイッターは見たことないのですが「言ってることとやってることが違う」というのは往々にしてありがちですよね。良いイメージは世間ではついていないと思うのですが本の内容だけみると共感できる部分はたくさんありました。
    >やっぱり自分はホリエモンを好きになれないと感じてしまいます。
    たぶん大多数はこうだと思います^^