父親が他界した年齢まで後10年となりました




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私の父親は58歳で他界したのですがその年齢まで後10年となりました。父親は酒やたばこをたらふくしていたのでそれらを全くしない私とは健康状態に差はあるんでしょうけど、遺伝子は引き継いでいるので自分の中では58歳というのはひとつの節目に感じています。

父親が亡くなった原因は肝臓がんでした。沈黙の臓器と呼ばれるだけあって発見された時には余命3ヶ月と診断されました。当時は連帯保証人の借金があり返済に四苦八苦していた母親が頼ってきた記憶があります。

当時は金策に忙しかったのでそのことばかりが頭に残っていますが、父親は自分なりにきちんと死後の段取りを整えてくれていたので手続きのまどろっこしさはありましたが割とスムーズに進めることができました。父親の退職金で借金を一括返済した時にはほっと胸をなでおろしたものです。

父親が他界した年齢に後10年となり、ふとどんな父親だったかなあと思いにふけることがあります。死ぬ間際の借金騒動のことはありますが今一度振り返ってみると良い父親だったなあと感じます。

ある意味自由奔放な生き方で子供の時はいろいろな体験をたくさんさせてもらいました。浴槽をどこかから調達してきて亀を育てたり、カブトムシやクワガタムシをとるために前日から山にすいかを置きに行ったり、小学校の登校前に早朝から釣りにいったりと今思い出しても楽しかったなあという感想しかでてきません。

そうそう小学生の思い出といえば私が小学4年生の時に学校で遊んでいて転倒した拍子に花壇のレンガに歯をぶつけてしまって欠けたことがあるんですよね。父親が迎えにきてくれてそのまま歯医者に行ったのですが治療後にどこかの喫茶店に入ってケーキ食べるか?と聞かれた時にはさすがの食いしん坊の私もいらんと言いました。

いやさすがに治療後すぐにケーキは無理でしょう。当時は歯の痛みからあまり何も思わなかったような気がしますが今考えるとそれはないやろって感じですよね(笑)

頑固な面もありましたが子供にはとてもやさしかったです。そうそう夏休みには近所の子供5~6人を連れて海水浴に行ったことも何度もありました。口数が多い父親ではありませんでしたが行動で応えてくれていたように感じます。

我が家で語り継がれるエピソードとして余命宣告されて入院している時も勝手に抜け出してパチンコに行ってたなあというのは今となっては良い思い出です。そんな父親の死に顔はとても安らかだった記憶があります。とても聖人君子な人間ではありませんでしたが、私にとってはやはり尊敬できる人間の一人でした。

私は誰かからそう思われることがあるのかなあ?尊敬されなくてもいいけど自分が死ぬ時はやっぱり誰かに涙を流してもらえるとそれはそれでうれしいかなと思います。

父親に直接は言えませんでしたがやっぱり言っておきたい。

お父さん、ありがとう!

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