社会不適合者はセミリタイア向き!?




セミリタイアをしたいというブログを見ていて目につくのが「コミュ障」「ヘタレ」「仕事ができない」です。ただブログを読んでみるとそうとは思えないものばかりなんですよね。

オフ会記事などをみてもブログで書かれている印象と全然違ったというものが多く実際は当人が思っているようなことではないかもしれません。

そもそもセミリタイアを目指している人が「コミュ障」「ヘタレ」「仕事ができない」というはずはないのです。







仕事ができないという勘違いはやめよう

「仕事ができない」ので仕事をするのがつらいです。だから早くセミリタイアしたいです。というブログは圧倒的に多いのですが本当にそうなんでしょうか?

仮に「セミリタイア」というものを仕事としてみた場合は、きちんと目標を立てて効率的に近づけるように努力しているはずです。またセミリタイアに向けてトラブルがあった場合は相応の対応をしていることでしょう。

つまり仕事ができないと言っている人は単に仕事があっていないだけなんだと思います。原因の一つはセミリタイアという特殊な生き方を目指す人にサラリーマンという仕事は向かないということです。

また仕事をしているときに責任が増えるので昇進を断ったという話があるのですが、これについても「自分の興味の無いこと」に責任を負うのは何か違うと感じているのだと思います。

セミリタイアをするという大きな責任は持てるのですから、仕事での責任なんて軽いものです。それを断るというのは自分の中で合理的に判断しているからでしょう。

だから一般的にいうサラリーマンという仕事があっていないだけで、それぞれに合う仕事というものがあると考えています。その仕事についたときに能力は開花されると考えられます。

コミュ障というのは単なる思い込み

コミュ障って言葉がいつから出てきたのかはわかりませんが少なくとも私が若いころはまったく聞いたことがなかったと記憶してます。コミュ障とは周りの人とうまく付き合えないということなんですが本当にそうなのでしょうか?

うまく付き合うって何?

仕事上でうまく付き合うっていうのは業務を円滑に進めるために必要なことですがある意味レールに乗った作業なのでそれほど難しくはないと思います。いや、それが難しんや!とコミュ障の人は言うのですが単に自分でハードルをあげているだけじゃないでしょうか?

周りをみてみるとうまくいっているようにみえても、実際はそうでもないというのが本当のところだと感じます。私もサラリーマンのときは業務の為にそれなりにうまく付き合ってきたつもりですが、それってうわべだけの付き合いが多いのですよね。

でもうわべだけの付き合いでも仕事ってまわっていくもんなんですよ。

だからコミュ障がどうとかはあまり関係なく、普段通りの自分でいればうまくいかないことはあってもそれほど気にすることはないと思います。

私も200人程度の人間と関わりあって仕事をしてきましたが、その中にはこれはコミュ障だろっていう人もいました。

例えばこういう事例があります。

私「A室の部屋の電気を消してきてください」

コミュ障A「消してきました」

A室の部屋の電気がついている。

こういうのは致命的だと思うんですよね。私は調理の関係の仕事をしていたのでこれが電気じゃなくてガスだったらやばいですよね。

関連記事これまでの名物正社員を一挙紹介します

これぐらいとんちんかんなのがコミュ障なんだと思います。だから多少言われたことがうまくできないというのは単に仕事が自分に向いていないだけでコミュ障ではないのでしょう。

セミリタイアを目指す人は優れた能力の持ち主が多い

セミリタイアを目指す人の何が優れているかというと、

・金銭感覚

・生活能力

・人生設計

これら3つは一般の人に比べれば圧倒的に優れているでしょう。

おそらくセミリタイアをするということは数千万の資産があるはずですから、同等の資産を持っている人が周りにごろごろいますか? いませんよね? 私も周りの人の資産を把握しているわけではありませんが何となく話の流れからいないと感じています。

生活能力にしても節約にはじまり、創意工夫して楽しんでいける人が多いでしょう。この創意工夫っていう部分が一般とは違うところだと感じます。

人生設計においてはもう言わずもがなですが、セミリタイアという生き方を計画できるだけで自分の意思がはっきりしていて差があると感じます。

セミリタイアと言う生き方が優れているかどうかは、「優れている」という表現はちょっと違うと感じますが少なくとも受動的ではなく能動的であることは間違いないと思います。

人生は能動的である方が楽しいですよね。

コメント

  1. プライア より:

    仕事ができないとかコミュ障とかの事実そのものより、本人がそれを免罪符的に口にすることの方がずっと問題やとおれは思ってるけどね。

    だって理由もなく自分を悪く言う奴なんているはずもなく、自らそれを頻繁に口にする理由は「大したことない人間だから厳しい目では見ないでね」なんでしょ?

    当然そのテの人は残念な人である可能性が高いわな。自分の弱点を隠す生き方はしたくないけど、弱点を免罪符にする生き方はもっとしたくないわ。この意見厳し過ぎ?

    • 小者 より:

      プライアさんの言う通り
      俗に言う、セルフハンディキャップと言うやつですね

      予め自分は駄目ですと予防線を張る輩ですが
      まさしく自分はその輩です…

      予め予告しておいて、実際やってみると
      想像以上にできなくて、余計にダメ人間扱いされるタイプですね

      >理由もなく自分を悪く言う奴なんているはずもなく
      けっこういると思いますよ
      何だろう、見ているだけでドン臭くてムカつくとか
      生理的に受け付けないとか
      まあ、相手から見れば理由はあるんでしょうが

      >当然そのテの人は残念な人である可能性が高いわな。
      まさしくその通りで
      社会不適合者そのものかと

      • 小者さん
        万人に好かれる人間なんていうのはいないわけですから、他者からどういわれても特に関係ないとは思うのですが気になる人は気になるんでしょうね。

        社会不適合者というのは「現在の環境」ではそうであっても、違った環境ならまた別の解釈になるかもしれませんよ。
        これまで偉大な発明を成し遂げてきた人はみんな社会不適合者だと思います。適合しちゃったら満足しちゃいますしね。

    • プライアさん
      自己防衛本能がそうさせているんかなあ。
      基本的にはプライアさんと同意見ですね。

      特に厳しい意見とは思わんけど、だいたいコミュ障だと宣言している人からは「どうせ、わからない」などの議論のしようがない答えが返ってくるのが明白です。
      違う生き方、違う人種としてかかわらないのが無難かもしれませんな。