自分さえよければいいという裏側

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世界平和だとか難民を無くそうだとかそういった大きな目標で頑張っている人もいるかもしれないけど私は自分の周りが良かったらあとはどうでもいいと思っている。

例えば新興国のインフラ整備をもっと進めなければいけないと考えている人はどうして自分の全財産(お金・時間・能力)をつぎ込んでしないのだろうか?

動物愛護団体の人は動物を食べないのだろうか?

難病の人には手を差し伸べるべき?

ほかにもたくさんありますがセーフティーゾーンにいる人の言葉はあまり響きません。偽善ではないにしても大きなことに対して個人が何を言っても無駄だし、何かを標榜して頑張ってもどこかで辻褄が合わなくなると思うんですよね。

こういうことに対して私は昔からずっと疑問がありました。小学生の頃に人を傷つけるようなことはしてはいけない、いじめをしてはいけないということを先生が言っていたけど50年経った今でも人を平気で傷つける人はいるし、いじめもなくなっていません。

そこから思ったのは他人をどうこうよりも、もう自分さえ、自分の周りだけ良かったらいいんじゃないかと考えるようになりました。この考えは現在でも変わっていません。

しかし自分の周りを良くするといってもわがまま放題や自分勝手にしていては良くならないでしょう。だから自分の周りが良くなるように行動する必要はありますよね。

その過程において人とのつながりであったり、新たな知識を得ることだってあるでしょう。そういったことを積み重ねることによって自分の周りの環境は良くなります。

冒頭の大きな事柄も同じような流れで良くなるんでしょうけど、決定的に違うのは自分の全財産をつぎ込めるかどうかということなんですよね。

自分の周りを良くするためには全身全霊で取り組めますが、大きな事柄の場合はそうもいかないというか出来ないと思います。

ただ、一人一人が自分の周りを良くすることに注力すれば多少の摩擦は起きるにしても全体的にボトムアップし良い世の中になるんじゃないかと考えています。

ほとんど絵空事に過ぎないんだけどね。

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