満足度の沸点が低いから幸福度が高い




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自分がどれだけ幸せを感じることができるのか。その幸せの満足度はどれぐらいなのかを考えたときに私はすぐに幸せだと感じてしまうことに気づきました。

人間の欲望とは限りがないですが追い続ける限り満足できない気もします。幸せとは各々が感じるものですが私はちょっとしたことでも満足してしまうのですぐに幸せを感じることができる体質なんだと思います。

例えば夜寝るときに風雨をしのげる部屋があって布団で寝れるということだけでめっちゃ幸せだと思うんですよね。人によってはそんなこと当たり前だと考えることもあるでしょうが私はそうした普段特に不自由なく生活できていることにとても満足感があり幸福度も高いです。

こういうことを考えると日本に生まれたというだけでかなり幸福度についてはアドバンテージがありますよね。

高級な車に乗りたい、高級な時計が欲しい、広々とした家に住みたいなど欲望を言い出せばキリがありませんがそれらを叶えようとしたときにどれだけの労力を必要とするでしょうか。

現代では人間の大部分の欲望を叶えようとすれば必然的にお金というものが必要になります。そしてお金を得るにはほとんどの人は労働をしなければならないでしょう。

叶えたい欲望がありお金を得ることは悪いことではありませんがすべての欲望を手に入れることはできません。そこで多くの人はたくさんある欲望の中から取捨選択をしていくことになります。

ここで選択した欲望で十分満足できるのならいいですが、ほとんどの人は満足できずにさらに欲望を追加していくと思われます。

私も若いときはそういった側面がありました。そして必死にお金を稼ぐことに慢心していました。エネルギーがあふれている時はいいですが人間は年齢を重ねるとどうしてもエネルギーが減少します。

そうした時に欲望も減少するかというとそうではないと思うんですよね。たぶん欲望がたくさんあふれ出る人というのは普段から満足度の沸点が高く何をしても満足感が得られないのではないでしょうか。

満足感が得られない状態が長く続くと常態化してしまい何をしてもつまらなく感じる、一時は高揚感があり満足度が高いように感じるがすぐに冷めてしまうという風に不完全燃焼がずっと続きもやもや感でいっぱいになると思います。

思考や体感の長年の蓄積というのは一朝一夕に変化することはありません。人間にできることは限られていますし、お金の量を得ることも凡人ならばそう多くは手に入れることができないでしょう。

そう考えたときに自分の本当に叶えたい欲望は何かを自問自答してみるのもいいと思います。ここに時間という概念を加えることでさらに叶えられる欲望は減少していくと考えられます。

抱えきれない欲望を追い続けたいというのもひとつの人生ですが私は満足度と幸福度が高い人生を送りたいと思っています。

コメント

  1. ヒロヒロ より:

    満足度の沸点って見た目で分かりませんので、意外な人が幸せだったりする気がします。竹内結子とか、幸せそうなのに(涙)

  2. 日本に産まれて衣食住に不自由なく、セミリタイアなんてものまでしちゃって、昼間から映画やスポーツみて、世界でも上位数パーセントの幸福人間だと思ってるわ。
    スーパーの特売で買った食材が美味しかっただけで有頂天になるくらい沸点が低いので、セミリタイアとはこういう人間向きなんだろうと思うよ。

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