クロスパールさんって副業をしてるか、お金持ちなんですか?




私は職場では基本的に最低限必要な言葉しか発しないようにしています。その理由は面接時に責任者の方から「どんなに良い仕事のやり方があっても現状維持をしたいので言わないでください」と言われたからです。

仕事場で会話をするとどうしても仕事内容が絡む話になりやすいので無用なリスクを取りたくないのでおしゃべりはあまりしていません。

だから職場の人間とはほぼコミュニケーションというのをとっていないのですが先日「クロスパールさんって副業をしてるか、お金持ちなんですか?」と聞かれたんですよね。




自分の意思を表現できる人間はどこにでも一定数存在する

いわゆる普通の人しかいないと思っていたここ鳥取でこういった質問をされるとは思ってもみませんでした。一般的には働き盛りの男性がパートをしてるんだからこういう質問が考えられますが、口に出すってことはなかなかないと感じます。

特に現状はほぼコミュニケーションゼロなわけですからね。もちろん返答は「そんなことありませんよ」とそこはかとなく答えておきました。

ただ私が感じたのはこういった質問をしてくる人は将来有望というか人生をうまくやっていける確率が高いような気がします。

どうしてそう感じるのかというと次の2点があります。

・行動力

・「なぜ」を放置しない

言うは易く行うは難し

私は言うだけ言って何も行動を起こさない口だけ番長が大嫌いですが、今回質問をくれた人はちゃんと行動として表れているんですよね。一般的にたいして親しくもない人に副業やお金の話題をするのって気がひけると思うのですが臆せず質問してきたことにとても好感を持ちました。

たぶん仕事場の外で会話することがあったらお互い有意義な話ができそうな気がします。

「なぜ」を放置しない性格

子供の頃はすごく好奇心があって何でも親に聞いたり友達とあーでもないこーでもないという話で盛り上がった経験がある人がほとんどだと思います。しかし大人になると子供の頃にはたくさんみていた光景は忽然と消えてしまいます。

これは経験値があがったことにより「なぜ」と感じることが少なくなったのか諦めが入ってしまったからなのか、サラリーマンなどで多忙を極めて感じる時間がなくなったかなどの理由でしょう。

理由は他にもあるんでしょうけど「なぜ」を放置する大人がほとんどです。つまり子供時代とは真逆の現象が起こっているということですね。

疑問を突き詰めてしまうのもしんどいですが、疑問を放置するのも人生を豊かにするものではないと感じています。ひとつの「なぜ」から新たな世界へ踏み出すこともあるからです。

身近にあるちょっとした「なぜ」に敏感に反応できる人は楽しい人生を送ることができるような気がしています。

立ち止まり考える姿勢

社会人になり働き出すと当たり前ですが仕事中心の生活になります。ある程度仕事が慣れてくると同じようなことを繰り返す毎日に飽き飽きすることもあるでしょう。

そんな時は一度立ち止まって考えてみてはどうでしょうか。

同じようなサイクルを刻み続けることはある意味楽ではあります。自分が望んでいる人生なら申し分ないでしょう。しかし「なんか違う」と感じれば自分自身に問う時期が来ているかもしれませんよ。

コメント

  1. ハマケン より:

    因みに何と回答されたのですか?
    「そう!私は著名ブロガー兼インベスター クロスパールなり」と返答されたのでしょうか?。その時の反応知りたいです。

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