ここ数年の間に過労死と呼ばれる死因が目立つようになってきたと感じます。昔から同じような状況はあったんだろうけど「過労死」と呼ばれ出したのは最近ですよね。過労死という呼び名から死亡したことを指しますが死亡するまで仕事を続ける人がいるんだなと漠然と感じてしまいます。
仕事を辞めたいと思っても辞められない状況にある人もいるかもしれませんが自分の命よりも大事な仕事ってないと思うんですよね。
仕事を辞められないと考えている思考から一歩抜け出そう
はじめにはっきりと言っておきますが仕事なんて簡単に辞めることができます。辞めることができないと考えているのは当事者だけなんだと思います。しかし辞めることが出来ないという思考に入ってしまうと抜け出すことは容易ではありません。
誰かが辞めた方がいいよと言っても聞く耳を持たないでしょう。いやたぶん持てないんでしょうね。だから仕事を辞められないという思考に陥る前に判断することが自分を守ることになります。
仕事を辞めるには退職届を出せば問題ありません。もしくはバックレてもいいわけです。自分ファーストで考えることが大切です。
いつでも仕事を辞めれると考えると思い切り仕事をすることができる
逆説的ですが自分の中で「いつでも仕事を辞めることができる」という考えが定着すれば仕事を思い切りすることができるようになります。なんたって何が起こっても辞めれば自分とは何の関係もなくなるわけですからね。
またまた逆説的ではありますがこういう思考になればなるほど仕事はうまくいくことが多いです。私もある時から自分のできる範囲で自分の理想とする仕事を求めてきました。もちろん多くの反発はありましたがそんなのは全部無視です。
その結果自分にとって環境のいい職場が出来上がりました。周りの人間も不満はゼロではないでしょうが概ね満足できる環境だったのではないかと自負しております。
自分が出来る仕事だけに集中する
仕事でパニックになる人をみると自分でできる仕事以上に仕事を抱え込む傾向にあります。仕事はどんどん増えてくるものですが私はここまでの仕事しかできませんと言うことも自分を守るために必要です。
面と向かって言う必要派ありませんが行動で示せばわかってくれる人は多いです。もちろんその仕事は他の人がするわけですがそこは自分ファーストということで割り切りましょう。
自分の命よりも大切な仕事なんてありません
生きていれば何度でも再起できますが死んでしまえばどうすることもできません。まず守るべきは自分の命なんです。仕事なんていくらでもすることができますから深刻に考えずに気楽にやっていきましょう。
自分がやらなくてもきっと誰かがしてくれるはずです。
コメント
過労死でよく似たので殉職、殉死というのがありますが、あれも一種の公務員の立場のまま公務上なくなることでしょうね。
私は、20代後半激務で「このままだと30半ばで死ぬな。」と思いました。結局、30代前半でその業界を離れました。業界や会社って開国期というのでしょうか?革命みたいに人を犠牲にして新しい価値観や会社の存在意義を確立していく時期がありますからね。新卒者は、洗脳されやすいというのか、選択肢が見えず特攻隊まで突っ込む時ありますからね。
家庭を持って少し変わりましたね。会社より家庭(ここでもまだ自分に重きを置いていませんが、)になりました。多眼的な見方ができないと過労死は、これからも減らないでしょうね。
めたぼ侍さん
過労死する人はたぶん前しか見えなくなっているのでしょうね。
それも無理もありません。教育では多様な生き方ということを学べないので新社会人などは会社の研修といわれれば、それが当たり前となってしまうのでしょう。
そして洗脳から自分の意思が希薄になっていうのでどうしようもありません。
周りに誰か、気づかせてくれる人がいるとだいぶ違うと思うんですけどね。
確かに。自分の健康ほど大事なものはありませんし、ワタクシ自身とあることがあってからは、自分の範疇の仕事しかしない、周りへの協力はしないスタンスで行ってました。
その方が余計な仕事を抱えなくて済みますし、それに最後は「1分でも早く帰る」ことがモチベーションでしたから、仕事に対し情熱など一切感じなくなりました。
仕事を辞めることはおっしゃる通り簡単です。むしろセミリタイア思考の人ならば、その後また正社員として働こうとする方が無理なのかなとワタクシ個人的には感じます。
6割主夫さん
自分の仕事しかしないというのはちょっと極端かもしれないけど、それに近い働き方ができる人ならば過労死には至らないと感じます。
やっぱり周りに流されて同調圧力に逆らえない人が過労死してしまうのでしょう。