信頼できる人間かどうかは言葉ではなく行動のみが判断材料




昔私が中華料理店で働いていたころの話ですが、中国人とも数年一緒に仕事をしていたことがあります。当時は何店か修行したのちに自分の店を出すということがひとつの流れとしてあって仲良くしていた中国人も自分の店をだすために資金繰りに奔走していました。

地元の信用金庫の職員と相談していて人当たりの良さそうな感じだったので「とてもいい人ですね」と中国人に行ったのですが、「いい人っていうのはお金を貸してくれる人」という返事がありました。

たしかに当時はお金の工面のことで相談していたのですが日本人とは違ってダイレクトな返事だったので印象的でした。

私は20代前半だったと思うのですが、その後は人間は行動がすべてだという意識が強くなったのは言うまでもありません。

 







言葉だけならいくらでもきれいごとを並べることができる

仕事をしているときに何度も経験したことですが会話しているときには耳ざわりのいい言葉を並べていたのに対して後日文書になってきたときはまったく違う内容だということがよくありました。

文書にならなくても言った言わないの水掛け論のようなことは日常茶飯事でしたから、私は極力文書によって物事を進める方が無難だと感じたものです。

前職ではまっとうな見解であっても会社に不都合だと判断されれば書面を残すことはご法度だったようで重要な部分では文書を取り交わすことはまったくありませんでした。

言葉だけで取り繕ってくる人間ってなんだかその場しのぎを繰り返す人が多い気がしますね。

 

自分の言葉に責任を持つとは行動することに他ならない

会社では自分の言葉に責任を持てと上司から言われた人は数多くいるんじゃないでしょうか?私も幾度となく言われた言葉ですが社会人になってから数年は賛同していましたが働き出して5年もしてくるとその言葉自体が嘘だということに気づきました。

すべての人間がそうであるとはいいませんが、こと会社にいたっては自分の言葉に責任を持たない人間は多くいるのではないでしょうか。

仕事をしているときで一番の不満はこういったやりとりがスムーズに進まないことだと思います。人間関係が嫌だとか業務内容が嫌だとかはある程度改善の余地がありますが、ここでも改善する為にやりとりがスムーズにいかないと極端にストレスがたまります。

 

言葉ってほんと簡単に発することができるのですがその言葉によってどれだけ苦しむ人がいるのか無責任な言葉を放っている人は感じて欲しいと思います。

 

行動できる言葉を発言してもらいたいですね。

 

信頼できる人間と付き合うことが吉

仕事をしている人は1日のほとんどが仕事の時間になるわけですから、周りの人間が信用できないときは仕事もつまらなくなるし、疲れも加速度的にたまりますよね。

慣れてくればスルー技術などで対応できるのかもしれないけど、スルーできない案件もあるわけでそこがネックになります。

仕事だけではないですが信用できる(=発言したことを行動で示してくれる)人間が周りにいることは生活していくうえでとても重要なことだと思います。

頼れる存在とでもいいましょうか。

相手に信頼されるためには自分も同様に発言したことは行動しなければならないと考えています。信頼できる関係性が多ければ人生も豊かになると感じています。

コメント

  1. プライア より:

    プライベートはともかく、マトモな労働環境で言動の伴わん奴なんてほんの一握りしかいないと感じてるけどね。そしてその方々は陰で無能扱いされて大した仕事を任されない。

    自分が社会から軽んじられてるのってイヤでも肌で感じてしまうものだから、その意味で自分の言葉に責任を持つことは重要やって今でもボクは信じてるけどなあ。

  2. 青スプ より:

    仕事は収入を得るものなので、色んな人がいてでの人間関係で仕方ないけれど、
    普段の生活は、自分で選べるのだから信用できる人でかためるのが理想です。
    自分も信用できる人かどうかって、振り返らないとダメですね。自分への採点は甘いので

    • 青スプ
      え? 自身で青スプに略称(笑)

      アラフォーぐらいになってくると、利害関係の希薄な人間か信頼できる人間のどちらかしかプライベートでは周りにいないと思います。