50年生きてきて無理だと感じた2つのこと

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人生に無駄なことはそうそうないと考えているのですが50年生きているとこれはどう考えて無理だなと感じることがあるんですよね。それが「他人の価値観を変える」「他人に100%を期待する」の2つです。

他人の価値観を変えることはほぼ不可能

表面的な価値観はある程度変えることができるかもしれませんが根本的な価値観を変えることはほぼ不可能ですね。幼少期ならまだしも年齢を重ねれば重ねるほど可能性は低くなると考えています。価値観とはその考え方(思考)や習慣が大きく影響しますが長く続けば続くほど凝り固まる気がします。

柔軟な思考と言われることがありますがこれは臨機応変に対応できる思考が固まっているということで良いと思うんですよね。しかし人間はどうしても自分の経験の中でしかその思考を形成できないでしょう。

一人の人間が経験できることなんてたかが知れていますし、自分で意図的に新たな価値観を探すということをしなければずっと自分の経験の中での価値観しか作れません。その価値観で死ぬまで問題なければいいのですがそうでなくなった時に凝り固まった価値観では対応できなくなります。

私で言えば30代の頃に自分の知らない情報や考え方、習慣を本を通して疑似体験しました。諸外国や国内でもいろんな場所で生活して実体験として感じるのがもっとも良いと思うのですがほとんどの人はそうもいかないでしょう。

その代替手段だったのが私の場合は本でした。

ある意味強制的に価値観を柔軟に出来たことはとても良かったと感じています。そのおかげというか多少影響があり心地よいセミリタイアという生き方を出来ていると思います。

こだわりの価値観があるのもいいですがその価値観がすべての人に受け入れられるとも限りません。その時に反発や無視したりするのではなく一考できるような柔軟な価値観がある方が心に波をたてずに過ごせると考えます。

無理矢理に他人の価値観を変えようとしてもほとんどが無駄な努力になるのでほどほどにしておくのがいいのかもしれないですね。

他人に100%を期待する

仕事だと何かを依頼したり、プライベートだと何かを約束したりすることはありますが自分の意図することを再現してくれる他人はほとんどいません。人それぞれ感情が違うからですね。同じことを言われても十人十色になるのが自然な成り行きです。

だから他人に100%期待するということが不可能なんですよね。

詳細はこちらの記事をご覧ください→自分以外に求める期待値は最大60%

他人は変えることが出来ないので自分が変わり対応

他人の価値観を変えることはできないし、期待値を100%にすることはできません。それでも一人で生きていけるわけではないからその中で自分の心がざわざわしないようにしたいですよね。

対処法は「他人の価値観を許容する」「期待値を下げる(最大60%)」でしょうか。

これらに基づいて自分が変わり対処する方がストレスが少なくなると考えています。

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